このブログについてのいくつかの説明 [このブログについて]
2008年10月にこのブログを開設したときには、いわゆるブログをやろうというよりは、
競馬に関する文章で書いてはみたけど商業利用しなかったものを保管・閲覧できる場が欲しいという、
誰のためでもなくとにかく自分の精神衛生上の健康を保つことが目的だった。
そのテキストファイル、パソコンの「マイドキュメント」内に作ったフォルダ(僕の場合は、
さらにその中の「文書」というつまんない名前のフォルダ)に入れておくよりは、
それはいくらか意味のあることだと思っていたのだ。
ところが、公に向けてオープンにしているということは当然、誰かが読むわけだ。
感覚としては、渋谷のハチ公前に置いた自分の机の上にノートを広げてあるような感じで、
まあ読むのはぜんぜんかまわないし、感想を言われることすら拒否するつもりはなかったのだが、
どうもそんな子供っぽい、かたくなな原則論的スタンスは、恥ずかしいことのような気がしてきてしまった。
簡単に言えば、主に仕事上の成り行きで、つまり金銭が発生したりする可能性を秘めた、
きわめてわかりやすい真剣さをもって、ということだが、そんな動機で、
よく知らない僕のことをここを読むことで知ろうとする人もいるんだ、ということに気づかされたのだ。
遅いって? そうですね。ほんとに。
さらに驚いたことに、仕事だけじゃなかったのだ。
長らく会っていなかった友達とひょんなことでまた繋がったりしたとき、
その友達が、会っていなかった期間の僕のことを知るためにここを読むことすらある。
そんなことも知ってしまって、もうこうなるとすごく素直な気持ちで、
ああ、うかつだった、と思ってしまったのだ。
遅いって? ほんとにそうだ。そういうことにすでに気づいている人たちは、すごいと思う。
なので、どうするかは2つに1つ、ということになった。
1つは、このブログをさっさと閉じて、「マイドキュメント」に「ブログに載せてたやつ」みたいな名前の
新しいフォルダを作って、そこにテキストファイルを放り込む、というもの。
もう1つは、なんというか、ブログもまた外から見た自分の人格の一部なんだということを認めて、
そういう姿勢で再度、スタンスを決めなおすということ。
で、2009年3月、僕はその後者の道を選ぶことにした。
……なんて、小難しい言い方をしたが、要するにちゃんとやろうかな、と思ったいうことです。
ちなみに過去に数回、書いた「血統奇譚」はそのままカテゴリとして残します。
競馬ライターがブログをやる、というと、たいてい予想やレースの感想がメインになるものだが、
しかしそんな経緯と動機で書かれる当ブログは、そういった内容にはならないと思う。
というか、競馬のことが中心になるかどうかすら、ちょっと怪しいかな。
とはいえ、なにしろ本業は競馬ライターなんだし、日々の形而下的な生活においても、
あるいは抽象的な思考においても、競馬は分かちがたいかたちで入り込んできている。
それを無理に排除することもまた、たぶんしない。
そんな中途半端さは、もしかしたらまた新たに深刻な問題を引き起こすかもしれないが、
そのことはそうなったときに考えるつもり。
それじゃ遅いって?
そんなことないと思うし、だいいちそれしかできないんだからしょうがない。
競馬に関する文章で書いてはみたけど商業利用しなかったものを保管・閲覧できる場が欲しいという、
誰のためでもなくとにかく自分の精神衛生上の健康を保つことが目的だった。
そのテキストファイル、パソコンの「マイドキュメント」内に作ったフォルダ(僕の場合は、
さらにその中の「文書」というつまんない名前のフォルダ)に入れておくよりは、
それはいくらか意味のあることだと思っていたのだ。
ところが、公に向けてオープンにしているということは当然、誰かが読むわけだ。
感覚としては、渋谷のハチ公前に置いた自分の机の上にノートを広げてあるような感じで、
まあ読むのはぜんぜんかまわないし、感想を言われることすら拒否するつもりはなかったのだが、
どうもそんな子供っぽい、かたくなな原則論的スタンスは、恥ずかしいことのような気がしてきてしまった。
簡単に言えば、主に仕事上の成り行きで、つまり金銭が発生したりする可能性を秘めた、
きわめてわかりやすい真剣さをもって、ということだが、そんな動機で、
よく知らない僕のことをここを読むことで知ろうとする人もいるんだ、ということに気づかされたのだ。
遅いって? そうですね。ほんとに。
さらに驚いたことに、仕事だけじゃなかったのだ。
長らく会っていなかった友達とひょんなことでまた繋がったりしたとき、
その友達が、会っていなかった期間の僕のことを知るためにここを読むことすらある。
そんなことも知ってしまって、もうこうなるとすごく素直な気持ちで、
ああ、うかつだった、と思ってしまったのだ。
遅いって? ほんとにそうだ。そういうことにすでに気づいている人たちは、すごいと思う。
なので、どうするかは2つに1つ、ということになった。
1つは、このブログをさっさと閉じて、「マイドキュメント」に「ブログに載せてたやつ」みたいな名前の
新しいフォルダを作って、そこにテキストファイルを放り込む、というもの。
もう1つは、なんというか、ブログもまた外から見た自分の人格の一部なんだということを認めて、
そういう姿勢で再度、スタンスを決めなおすということ。
で、2009年3月、僕はその後者の道を選ぶことにした。
……なんて、小難しい言い方をしたが、要するにちゃんとやろうかな、と思ったいうことです。
ちなみに過去に数回、書いた「血統奇譚」はそのままカテゴリとして残します。
競馬ライターがブログをやる、というと、たいてい予想やレースの感想がメインになるものだが、
しかしそんな経緯と動機で書かれる当ブログは、そういった内容にはならないと思う。
というか、競馬のことが中心になるかどうかすら、ちょっと怪しいかな。
とはいえ、なにしろ本業は競馬ライターなんだし、日々の形而下的な生活においても、
あるいは抽象的な思考においても、競馬は分かちがたいかたちで入り込んできている。
それを無理に排除することもまた、たぶんしない。
そんな中途半端さは、もしかしたらまた新たに深刻な問題を引き起こすかもしれないが、
そのことはそうなったときに考えるつもり。
それじゃ遅いって?
そんなことないと思うし、だいいちそれしかできないんだからしょうがない。