SSブログ

たぶん、窓の外かなんかをぼんやり見てたんだと思う [忌野清志郎死去に思う]

(5月14日の記事の続き)

たぶん、窓の外かなんかをぼんやり見てたんだと思う。

学区外の中学出身だったこともあって、知っている顔の一人もいない教室で、だから僕はちょっと身を固くしたまま、世の中のことになんてまるで興味のないようなふりをしながら、でも実際のところは耳をそばだてて、今日初めて会ったばかりの見知らぬ同級生たちの会話を聞いていた。楽しそうに話をしているのはどれも同じ中学出身の者どうしで固まったグループで、それぞれがなにか他のグループにだけは負けたくないとばかりにおしゃべりのテンションを下げようとしないもんだから、教室の中はじっと聞いていると頭がおかしくなりそうなでたらめな喧騒で満たされていた。天気から窓からの風景まで、ビジュアル的なものはなにひとつ思い出せないというのに、そのサウンドだけは今でも喫煙室の壁を染めるタバコの脂のように、頭の中にこびりついている。いい思い出、などと呼べるような心地よい甘美さは残念ながらない。どちらかといえば、よく見る嫌な夢に似た、思い出すたびにわけもなく不安な気持ちになるような類のものだ。でも、それは確かに今から25年前、1984年の春に起きたことなのだ。

いきなり横から、「なあ、もしかしてバンドとかやってる?」という質問が飛んできた。本当に予想外のタイミングだったのか、それとも何かしら予感めいたものがあって半ばこちらも待ち構えていたのかは、もはや覚えていない。まあどっちもありそうな話だとは思うけど、でもいずれにせよ、先に声をかけてきたのはヨシハマとウチヤマの方だった。すばやく振り向いて「うん」と返事をする。よく考えたらすごい質問のしかただし、そして答えの方はそれに輪をかけて間抜けな感じだけど、それはたぶん、お互いにどこか警戒していて、そして昂揚していたからなんだと思う。ああいう警戒と昂揚のバランスを、僕はもうずいぶん長いこと、経験していないような気がする。

僕とは違って、二人はその神奈川県の県立高校のある学区の中学出身で、簡単にいえば親友どうしだった。それが同じ高校に進学(学校は、所詮公立高校の、さらにその学区の中での話ではあるが、いちばんの進学校だった)するだけならまだしも、9クラスもある中で同じクラスに入ったわけで、じつはそれってけっこう興奮すべき確率なんじゃないかと思うのだが、そのときの僕にはそんなことはわからない。とにかく、身長が180センチくらいあり、ロン・ウッドがだいぶ髪を短くしたような(どんなだよ)ヨシハマと、天然パーマに胡散臭いメキシカンを思わせる浅黒い顔と分厚いクチビルを持ったフケ顔(ほとんど悪口だな、これじゃ)のウチヤマがそこにはいて、彼らの方が二人いるぶん余裕のようなものがあり、間違いなく僕のほうが気おされていたとは思う。そういう僕はというと、トップが短くツンツン立ってて、そのくせ後ろはちょっと長いというダメなリマール(ってわかるだろうか? カジャグーグーってバンドのボーカル)みたいな髪型で、80年代のその時期には、ちょっと色気づいた男の子のあいだでは珍しくないスタイルではあったわけだが、先に説明したようにわりと進学校の部類に入る高校の、それも新入生の中では目立っていなくもなかったようで、向こうにしてみても、なんだか普通じゃないやつがいるぞということで声をかけてきたわけだ(とあとで聞いた)。でもよく考えたら、そんな程度の根拠で「もしかしてバンドやってる?」もないもんだな、まったく。

文章というやつは、その本質として、書き手がそれほど強く思っているわけではなくても、こういった話をことさら運命的なもののように見せようとする力を生み出してしまう。たぶん、僕たちの出会いはそれほどスケールの大きな話ではないし、本人が思っているよりはずっとありがちなものなのだろう。でもくどいようだけど、これは25年前、僕の身に、つまりヨシハマやウチヤマや、間接的な影響と直接の体験を同種の重さをもって数えるならば、その後、僕たちが出会うことになるたくさんの人たちの身に、実際に起きたことなのだ。僕たちは、あの日に帰ってやりなおすことはできない。もちろん、やりなおしたくなんかこれっぽっちもないんだけどね。

ウチヤマとヨシハマは、中学の頃からいっしょにバンドをやっているのだと僕に言った。ウチヤマはキーボードで、ヨシハマはギターだった。パートを訊かれた僕は、俺もギターだと言った。もしかしたら二人は、僕がベースとかドラムだったら最高だと考えていたかもしれないが、こればっかりはしょうがない。運命の方も、さすがに無い袖は振れないということか。どんな音楽を聴くのか、という話になって、僕は自分が洋楽の、それもハード・ロックが好きだということを言った。二人はちょっと困ったような感じになって、日本のロックはまったく聴かないのか、と訊いてきた。僕は少し考えて、子供ばんどとか、と言う。ほおーっ、という反応。なんだか面接でも受けているような気分で、僕はRCサクセションの名前を出した。二人の顔が、ぱっと輝いた。 (つづく)

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:競馬

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。